fc2ブログ

Aladdin's cock

日かげ いつか月かげとなり 木のかげ・・・山頭火       
  • 02≪
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • ≫04

椿散り敷くみち たどれば遊女伝説・・・

100325mrts0069_RJ_20100328110938.jpg 雨の室津を歩いた。今までに幾度となく訪ねているけれど、良いのか悪いのか来る度に街並みがキレイになっていく・・・迷路のような路地を巡るスリリングな楽しみはどんどん薄れていくようにも思える。狭い曲がりくねった坂を上がったら、紅い椿の花を撒き散らしたような路地の先に「遊女友君の塚」と彫り込まれた墓石がひとつ、ひっそりと佇み、その後ろには播磨灘が開ける。遊女伝説のビューポイント「浄運寺」なのだった。室津の歴史に関する興味深い話も色々あるけれど西鶴や谷崎潤一郎作品に登場する「遊女」に拘ってみたら大変な深みにはまり込んでしまった。友君の塚浄運寺鐘楼門






建永二年(1207)、法然上人が、七十四歳で讃岐へ流されるとき、室津の港で一人の遊女に出会った。
 遊女は、友君と言い、かつては山吹の名で木曽義仲の寵愛をうけ、流浪の果てに、その罪深き身を嘆いて救いを求めてきた。
 法然は女を哀れんで念仏の功徳を説き、歌を書いて与えた。

  ○仮そめの色のゆかりの恋にだに、あふには身をも惜しみやはする  法然

 感激する友君の求めに応じて、自身で刻んだ頭像を与へ、法然は港を出ていった。
 友君はこの頭像に胴体をつけようと、粘土をこね、月日をかけて何度もつくり直して法然上人の像を完成させた。

この像は、ここ浄運寺にあった。

いかに清潔な現代社会に生きるエロボケ爺とはいえども・・・遊女(ゆうじょ、あそびめ)とは、遊郭や宿場で男性に性的サービスをした売春婦で、「客を遊ばせる女」と言う意味が一般的である・・・ことくらいは知っている。


遊行女婦(うかれめ)遊女(あそび)傀儡女(くぐつめ)白拍子(しらびょうし)傾城(けいせい)上臈(じょうろう)女郎(じょろう)、遊君(ゆうくん)、娼妓(しょうぎ)太夫は最高位の遊女で、江戸 吉原遊郭では一時期これを特に花魁(おいらん)といった。

湯屋で働く湯女(ゆな)や、旅籠で働く飯盛女(めしもりおんな)はより大衆的な売春婦であった。そのほかにも街頭で色香を売る京都の辻君(つじぎみ)や大坂の惣嫁(そうか)、江戸の夜鷹(よたか)もいた。

遊芸の付属物として性行為を行い、そして、性行為自体の技を遊芸の域に高め、その専門家集団としての遊女が確立していく。
吉原遊女が死亡すると、俗に「投込寺」と呼ばれる共同墓地に埋葬され、ここは無縁仏を葬る場所で、三ノ輪の浄閑寺が有名で、浄閑寺には現存するだけで数千人に及ぶ遊女の記録が残っており、それを辿ってみると死亡時の平均年齢は二十二歳前後となっている。遊女の年季明けは二十八歳だが、それ以前に死亡する者も多かったことが記録の上からも窺えるという。

遊女は売色家業ですので「操を立てる」ことは出来ません。遊女は何とかして、恋い慕う相手に自分の愛を証明する必要がありました。気持ちを証明しようとするこの方法は、総じて『心中立て』と呼ばれている。

現代で心中といえば愛し合う二人一緒に死ぬ情死しかありませんが、昔は色々な方法があり、具体的に挙げてみると、軽いものから順に「誓詞」「誓紙」「髪切り」「入れ墨」「爪剥ぎ」「指きり」「情死」がある。

「誓詞」は口約束で、「誓紙」は誓約書です。初期の頃はお客もこれで満足していたようですが、やはり時代が下がるにつれて誓約書に血判を押すようになったり、女性の命とも言われた髪を切る(「髪切り」)ことなどが要求されるようになっていきます。

これでも足りない場合は肌に相手の名前を入れ墨しあったり、爪を剥いで相手に誓いを立てるといった 少々のちの商売に差し支えそうな行動をとる方法も考え出されました。しかしながら、他人の爪を買い取って荒稼ぎする知能犯的遊女も現れ、指を切って落とす所まで至ります。

けれどもやっぱり指も偽造されました。死刑になった罪人の指を流用したり、シンコと呼ばれる粳米の粉を練って彩色し トビの羽を加工した爪を付けて偽の指を作ったり、様々な方法が用いられています。

究極の心中立ては、情死です。現代では心中というと情死を意味しますが、これは最後の最後 切羽詰った方法でした。

ここで、近松門左衛門作“情死モノ”の真髄に触れ、再確認したくなり、何かイイものはないかと探してみたら映画版『心中天網島』(しんじゅう てんの あみしま)(予告編)があった。

【予告篇】心中天網島

「心中天網島」
制作:1969年
時間:103分
監督:篠田正浩
製作:中島正幸、篠田正浩
脚色:富岡多恵子、武満徹、篠田正浩
原作:近松門左衛門
撮影:成島東一郎
美術:栗津潔
音楽:武満徹
録音:西崎英雄

出演:
岩下志麻(治兵衛の妻おさん/遊女小春)
中村吉右衛門(紙屋治兵衛)
小松方正(太兵衛)
滝田裕介(孫右衛門)
藤原釜足(大和屋の主人)
加藤嘉(五三衛門)
河原崎しづ江(おさんの母)
左時枝(下女お杉)
日高澄子(河庄の女将)
浜村純(黒衣頭)
土屋晋次(堪太郎)
戸沢香織(お末)

大阪天満御前町の紙屋治兵衛は、女房子供のある身で、曽根崎新地紀伊国屋お抱えの遊女小春と深く馴染み、情死のおそれもあった。これを案じた治兵衛の兄粉屋の孫右衛門は、武士姿に仮装し、河庄に小春を呼び出した。孫右衛門は、小春に治兵衛と別れるようさとし、その本心を問いただした。小春は治兵衛と死ぬ積りはないと言った。折から、この里を訪れていた治兵衛は二人の話を立聞きし、狂ったように脇差で斬りこんだ。だが、孫右衛門に制せられ、両手を格子に縛られてしまった。そこへ恋敵の太兵衛が通りかかり、さんざん罵り辱しめた。これを聞きつけた孫右衛門は、表に飛びだし太兵衛を懲しめ、治兵衛には仮装を解いて誡めた。治兵衛は目が覚めた思いだった。そして小春からの起請文を投げかえして帰った。数日後、治兵衛は太兵衛が小春を身請けするとの噂を聞いた。悔し涙にくれる治兵衛。これを見た妻のおさんは、始めて小春の心変りは自分が手紙で頼んでやったことと打明けた。そして、小春の自害をおそれ、夫をせきたてて身請けの金を用意させようとした。おさんの父五左衛門が娘を離別させたのはそんな折だった。それから間もなく、治兵衛は小春と網島の大長寺で心中した。










blogram投票ボタン
オモロナイ写真がイマイチ・・click!

関連記事

コメント

四月のごあいさつ

■Tokiraさま。
菜種梅雨の日が続いたり、雪が降ったりと
不順な三月の下旬でした。
四月になったら好天が続いてほしいものです。
四月も、よろしくお願いいたします。
では、また。
2010/03/31 【sohya】 URL #- [編集]

コメントの投稿







 ブログ管理者以外には秘密にする
 

Profile

Tokira

Author:Tokira
写真、山歩き。
マイルス・デビスやチャーリー・ミンガスもいいけれど
浅川マキのセンチメンタルジャーニーにシビれるジャズ好き。
近頃は吉田日出子の「リンゴの木の下で」を聴いては
ホロリと黄昏れている・・・
時々、照れ隠しに『淫蕩火』を名乗るエロ老人。



あしアト掲示板
あしアト do_On!


【YouTube世界のミュージシャン】
Let's enjoy Music Time !

Link list

Counter

Unique Visitors & Pageviews

Category

TB

Arcives

ページアクセス・ランキング

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ内検索