

若い鷹匠・姫川図書之助は、姫路城主の白い鷹が逃げた罪により、その鷹を探しに天守の五重へ上り、妖女・天守夫人、富姫に出会う。
図書之助は富姫から渡された城主の宝の兜をもって天守を下りるのだが、宝物を盗んだ罪を着せられ(えん罪)、仲間に追われ、再び富姫の居る天守の五重を目指す。この上下移動のたびに緊迫感は増し、追っ手を振り切り、富姫のもとへ向かう図書之助も異界へ受け入れられたのだ。
図書之助の心はすでに異界の妖女・富姫にあり、現世との決別を意味し、獅子頭の両目を傷つけられて、盲目になり、追い詰められた富姫は「千歳百歳に唯一度、たった一度の恋」の相手である図書之助と心中を決意するのだった。
そこへ、獅子頭を彫った近江之丞桃六が登場し、獅子の目を彫り、二人の目を開ける。桃六の登場によって話は、めでたしメデタシの大団円となるのだけれど、エンディングにもう一ひねり欲しいなぁ・・・というのはシロートの欲かも知れない。
それまでの暗たんとした絶望感は一気に解き放たれ、暗かった場面が一変、煌めく“愛の新世界”へと転変する・・・だが、そこは“異界”なのだった・・・。
この戯曲では場面が変わるところで、「此処は何処の細道じゃ、細道じゃ、/天神様の細道じゃ、細道じゃ。」と童女が合唱する。この合唱によって、場面の転換が明示され、同時に、異界の妖しい雰囲気が醸し出されている。
短い戯曲で、短時間に読める作品ではあるけれど、より深く、泉鏡花の世界に触れてみたいというエロボケ爺は「青空文庫・天守物語」をプリントアウトし、「朗読:みさきすずか」による「天守物語」を聴きながら、読み進めていくという方法で、戯曲ならではの“鏡花ワールド”を少しは楽しむことができた。

白露を餌として秋草を釣る遊びに興じている場面を抜粋、転載した。
◆天守物語 泉鏡花(青空文庫)
◆【朗読】・・・天守物語 -1- 泉鏡花
底本: 岩波文庫
朗読:みさきすずか (すゞはらひ)
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薄 まあ、そうお言いの口の下で、何をしておいでだろう。二階から目薬とやらではあるまいし、お天守の五重から釣をするものがありますかえ。天の川は芝を流れはいたしません。富姫様が、よそへお出掛け遊ばして、いくら間(ひま)があると申したって、串戯(じょうだん)ではありません。
撫子 いえ、魚を釣るのではございません。
桔梗 旦那様の御前(おまえ)に、ちょうど活(い)けるのがございませんから、皆(みんな)で取って差上げようと存じまして、花を……あの、秋草を釣りますのでございますよ。
薄 花を、秋草をえ。はて、これは珍しいことを承ります。そして何かい、釣れますかえ。
女童(めのわらわ)の一人の肩に、袖でつかまって差覗(さしのぞ)く。
桔梗 ええ、釣れますとも、もっとも、新発明でございます。
薄 高慢なことをお言いでない。――が、つきましては、念のために伺いますが、お用いになります。……餌(えさ)の儀でござんすがね。
撫子 はい、それは白露でございますわ。
葛 千草八千草秋草が、それはそれは、今頃は、露を沢山(たんと)欲しがるのでございますよ。刻限も七つ時、まだ夕露も夜露もないのでございますもの。(隣を視(み)る)御覧なさいまし、女郎花さんは、もう、あんなにお釣りなさいました。
薄 ああ、ほんにねえ。まったく草花が釣れるとなれば、さて、これは静(しずか)にして拝見をいたしましょう。釣をするのに饒舌(しゃべ)っては悪いと云うから。……一番(いっち)だまっておとなしい女郎花さんがよく釣った、争われないものじゃないかね。
女郎花 いいえ、お魚とは違いますから、声を出しても、唄いましても構いません。――ただ、風が騒ぐと下可(いけ)ませんわ。……餌の露が、ぱらぱらこぼれてしまいますから。ああ、釣れました。
薄 お見事。
と云う時、女郎花、棹(さお)ながらくるくると枠を巻戻す、糸につれて秋草、欄干に上り来(きた)る。さきに傍(かたわら)に置きたる花とともに、女童の手に渡す。
桔梗 釣れました。(おなじく糸を巻戻す。)
萩 あれ、私も……
花につれて、黄と、白、紫の胡蝶(こちょう)の群(むれ)、ひらひらと舞上る。
葛 それそれ私も――まあ、しおらしい。
薄 桔梗さん、棹をお貸しな、私も釣ろう、まことに感心、おつだことねえ。
女郎花 お待ち遊ばせ、大層風が出て参りました、餌が糸にとまりますまい。
薄 意地の悪い、急に激しい風になったよ。
萩 ああ、内廓(うちぐるわ)の秋草が、美しい波を打ちます。
桔梗 そう云ううちに、色もかくれて、薄(すすき)ばかりが真白(まっしろ)に、水のように流れて来ました。
葛 空は黒雲(くろくも)が走りますよ。
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(泉鏡花 天守物語)

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