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雑草の王者?そのバイタリティと圧倒的なボリュームには“王者の風格”が漂う。林原、里山、堤防、路傍、畦畔、線路脇などに多く、極めて旺盛な増殖力で最盛期には、またたく間に大群落を形成するツル性植物なのだ。アメリカに渡った「クズ」は、アメリカでも蔓延ハビコり、「グリーン・スネイク(ミドリの蛇)」と呼ばれ、恐れられているらしい。生き長らえたものは“木本”といってもいいほど太くなるものもあり、根には大量のデンプンが貯蔵されているので、これから「クズ粉」を採り、はるか昔は食料として利用されていたクズ、・・・根を掘り起こしてそれを潰し、繊維状にしたモノを更に大量の水に晒して、澱粉を流し出し沈殿したものが「くず粉」ということなのだけれど、現在では雑草として有名になり、「葛クズ」が「屑クズ」になってしまったようで・・・とは言っても、由緒ある大和の地には「高級食材」として「葛」の伝統を今に伝える店もある。
葛の呼び名の由来
昔「葛村」と呼ばれており、今でも近鉄電車の「葛駅」や、学校の名前にその名残があります。この「葛」という字は後になってクズの中国名「葛藤」の葛の字があてられたものだそうです。
同じ「クズ」で「国栖」と呼ばれる地域が、奈良県吉野郡吉野川上流にあります。日本書紀(応神天皇19年)には「国栖人(クズビト)」が、万葉集第 10巻の相聞歌には「国栖ら(クニスラ)」という言葉が出てくる個所があります。
どちらも同じく大和国家以前の山地に住んでいた人々に与えられた呼び方であったようです。
国栖人は主に岩穴に住んでおり、非稲作民で、独特生活様式を身に付けたいわゆる「山人」の象徴的な呼称であったと考えられています。国栖の名は都の人々にも良く知られており、9月9日の重陽の節句に吉野の国栖人が古風の歌舞を奏したといわれております。 国栖人はつる草の根から澱粉をとり、里に出て売ることがあったので、いつしかその澱粉を「クズ」と呼ぶようになり、その植物を「クズ」と呼ぶようになったと考えられています。(葛とは|天極堂)
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