「愛の新世界」をもう一度・・・また、先日の山歩きで目にした
Dja・Vu(デジャ・ヴュー=既視感)な光景に想いを巡らせ退屈な時間を弄んでいたら、秋元順子が唱う
“ Deja vu(デジャ・ヴュー)”というタイトルの曲があり、
“マディソン郡の恋 ”というタイトルの曲まであった・・・
“マディソン郡の恋”の歌詞は、やはり
「マディソン郡の橋」を下敷きに書き上げられたモノだろうと想像する。秋元順子という歌手、業界では、「演歌」のカテゴリーに入れられているようだがチョット違う・・・独断と偏見を恐れずに言うならば
“Dja・Vu(デジャ・ヴュー)愛の新世界”路線をひた走っているように見えるのだが・・・単なるエロボケ妄想かも知れない。妄想といえば、先日の
“心震わせる初老の男と女”には後日談がある・・・その日も、息が上がりヘロヘロになりながら山頂に向かっていたら、知らぬ間に後ろから来ていた男に追い越された。
「な、なんと早い!・・・毎日歩いてるんですか?」と思わず尋ねたら
「ふ、ふフ~ん・・・」と声にならない音を発しながらグングン登っていき、あっという間に姿が見えなくなった。なんと早い・・・
身の程を 知れと囁く 山の風・・・淫蕩火・・・例によってシンドイ時の句づくりを心懸けながらのマイペース山歩、山頂手前の岩場で前を行くお嬢さんに追いつき、追い越し、しばらく行ったところで例の男がこちらを振り返りながら立ち止まっていたので追い越し、山頂へ。握り飯を喰い、茶を飲み、辺りをウロウロ、撮影を始めたら
“初老の男と女”が少し離れた木陰で何やら小声で話している・・・夫婦の話しぶりとはチト違う・・・う~ン、やはり・・・コレは・・・などとこみ上げてくる我が妄想癖に嫌気がさし、急いで下山。着替えを済ませ靴を履き替えたところへ隣の軽トラに例の男が乗り込んでエンジンを始動、少し間をおいて数台向こうに駐車したブルーのドイツ車へ例のお嬢さんが乗り込むではないか!?・・・これって、エロボケ爺のエロ妄想か・・・!?
ひょうたんからウマ面や!!ないか。。。

←マディソン郡の恋 秋元順子↑Deja vu(デジャ・ヴュー)動画(宝塚) 
マディソン郡の橋の小説は何故ヒットしたのでしょうか?
この小説の翻訳者である松村 潔氏は、あとがきで、次のように述べています。 「この物語を読んだあなたにとって、フランチェスカとロバートのこのあまりにもはかない恋物語は、つまらない感傷にすぎなかっただろうか。それとも、『人と人との関わりがどんどん薄っぺらになり、愛が便宜的なものになりかけているこの世界』にも、まだこういう話が成立する余地があると信じられただろうか。あるいは、実は自分にも同じような<4日間>が--一日が,数ヶ月が--あったのだという人もいるかもしれない。」と書いて、アメリカでヒットした理由を推察しています。
じわりじわり上昇し、ベスト・ワンになったということは、口コミで広がっていったということである。口コミで伝わると言うことは、伝えた人が小説ですから,自分も小説と一体になれたという事ではないでしょうか? 又は、この小説と同様のことを期待していたからではないでしょうか? 家庭が崩壊するような不倫は自分には自信がないが,4日ぐらいの不倫はゆるされるのではないだろうか? しかも、遊びではなく,フランチェスカのように24年間も、死ぬまで愛を暖めておける恋をしたい。翻訳者のいうはかない恋物語,つまらない感傷と云われてもいい、現実には起こりそうもない恋なのに、小説の中に浸ってしまったのではないでしょうか。(小説マディソン郡の橋 から)
↓オモロナイ
!写真がイマイチ
!・・
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